2010年01月15日

2010年のゲームの傾向(3)

 このブログをスタートしたときから、ずっと書き続けていることがありまして。

・ゲームが好きな人の感想には、かつてほどの価値がない
・あまりゲームに詳しくない人のプレイっぷりにこそ、価値がある

 ということを、延々と書き続けてきたわけです。



 従来のゲーム評というのは(このブログも含めて)、たいていは、ゲームに熱心な人が、自分の感想を綴っているわけです。いやまあ、これはゲームに限らず、あらゆる作品についていえることではあります。

 世の中のあらゆる作品は、そういうフォーマットで、最初は語られるんですよね。

 でも、そろそろ、そんな時代は終わりです。ゲームというメディアは、そういう方法では、楽しさを伝え切れないような段階に突入しつつあるんですね。

 近所の女の子(8歳)が、いま「●●●」に夢中だ。
 親戚のおじさん(55歳)が、最近「●●●」を遊び始めた。

 みたいな情報の方が、いまでは、よっぽど価値がある情報になっているからです。というか、そういう情報をちゃんとキャッチしていないと、ゲームにまつわる流行をつかまえられない時代になっているんですよね。

 (ゲームを熱心に語るタイプの人が、「トモダチコレクション」をうまく語れない理由は、ここにあります。このゲーム、その内容を語っても、楽しさが伝えられないんです。むしろ「小さい子が、こんなふうに遊んで、すごく楽しそうだった」みたいなことを書いたほうが、ゲームの楽しさが正確に伝わるんですよね)



 ようするに、ゲームに関する「情報」のあり方は、完全に、次のステップに入ったということです。ゲームに熱心な人が、個人の感想を語って、それで読み手を満足させられるような時代は、そろそろ終わりなんです。

 大衆化するということは、そういうことです。

 ときおり映画を楽しむていどの人は、「映画ファンのための映画専門誌」に書いてある情報って、あまり読まないでしょ? それはマニア向けの情報だからね。それと同じです。

 でも、友達が観にいって、「面白かったよ! 20代~30代の人が多くて、けっこう盛り上がってた」と口にするのを聞いたほうが、なんというか、その映画がどのように面白いのか、ちゃんと伝わってきたりするんですよ。

 ゲームも、そういう段階に入ったということ。それは、喜ぶべきことなんですよね。


 2009年。「ゲームに熱心じゃない人」と「ゲームに熱心な人」が、いっしょに遊べるゲームが、どかんとヒットしました。今後、こういうゲームが、もっともっと登場するでしょう。そういうゲームを作れたところが「勝ち」なのだろうな、と思います。

 それは「自宅のリビングで、みんなで遊ぶ」というものだけでなく、「オンラインを介して、世界のひとたちと遊ぶ」というものも、そこに加わるのでしょう。というか、この両者は、いずれ混じっていくんだろうと思います。

 そして、それが混じっていった先に、「ゲームソフトのオンライン販売」というビジネスがあるのだと思います。

(この話、もう少しつづきます)

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http://retro.mmoh.jp/t132200
この記事へのコメント
分かります。
ドラクエ9を最も楽しんでいるのは、ふだんゲームなんてやらない人たちですからね。
あれもこれもとつい雑食になってしまう自分には分からない楽しさがあるのだろうと考えると、羨ましくなります。
いっさいゲームをしない生活を1年くらいしてみてもいいかもと思えてきます。
…不可能ですけど(苦笑)。
Posted by 児斗玉文章 at 2010年01月15日 20:52
野安さんもそろそろ我々少数派に向けて本気トーンの書籍を一発出しちゃいましょうよ。

多数派がバッチリいるから少数派な我々もまた豊かに過ごせるわけですし。
Posted by 濱津 at 2010年01月16日 00:08
ドラクエ、FFに失望させられた1年だった。
もう自分は古い人間なんだろうな。
ドラクエ、FFに変化なんていらない派なのだが。
Posted by ごりら at 2010年01月16日 08:14
トモダチコレクションのオモシロさを是非語っていただきたい。
自分は昔からこの手の眺める系のゲームは何ら興味がないので
トモコレも惹かれる部分が全くありません。
よってどこが受けているのかさっぱりで。
Posted by たま at 2010年01月16日 16:28
野安氏が望むようなゲームばっかになったら俺はもうゲーム止めるだろうね。

ゲーム好きとしてはニッチなニーズの中でも良い物作るメーカーを応援したい。
Posted by なっとう at 2010年01月16日 22:27
ディープなゲームは、定価を上げればいいと思うんですよね。
どの業界でも、一般人向けの商品は安価で、
ニッチな需要に応える商品は高価なわけですし。

開発費のかかる凝ったゲームを、安価で少人数に提供し続ける、
なんてビジネスが成立するわけがないんですから。

アイテム課金やプレイ毎課金(アーケードゲーム)なんかは、
その一例ですけど、パッケージで2万円とかあってもいいと思います。
Posted by G at 2010年01月16日 23:50
>たま殿
ここをお読みください。
制作者でもあまり上手に説明出来ない代物です。
しかし、端的には書いてあるとは思います。
ttp://touch-ds.jp/mfs/st107/interview6.html
しないと分からないので、あなたにはどなたが百万の言葉を尽くしても
お分かりにならないかもしれません。
Posted by 宇治金時 at 2010年01月17日 13:42
言ってる事は、合ってるんだけど、それってネットをしてれば解る事なのよねw
業界的には、「ゲームのネタ」は、ほとんど出尽くしていて、マンネリ感が漂っている。
つまり、「純粋にゲームとしての面白さ」だけでは、もうそれほどの訴求力がないので、「ユーザー間のコミュニケーション」に活路を見出すしかない。
でも、これを推し進めていくと、「ゲーム性の希薄なコミュニケーションツール」みたいなソフトで、市場が溢れていくのではないでしょうか?
これが、将来起きそうな現象であり、危惧でもあるのですよ。
これが「ゲーム2.0」とか呼ばれそうですが、こんなのは「ゲームの退化」でしかないでしょう。
ゆえに、ちょっと今の業界の流れには、懐疑的にならざるを得ないんです。
Posted by りかちゃん at 2010年01月17日 14:45
大衆化かぁ…
マンガやインターネットも通ってきた道だよなぁ。

アングラ的なものから大衆化への洗礼を受けるに当たって
コアなユーザーがちょっとずつ端に追いやられていく。
分母(ユーザー)が大きくなってもコア層の数が増えるわけじゃないから
考えてみれば当たり前なんですよね。

分母が増えればコア層も増えるというのは都合のいい幻想でしかないわけで。
Posted by 影武者 at 2010年01月17日 19:01
ゲーム人口は4000万人くらいでしょうが
のこりの6000万人が参加してきたときに
とてつもない面白さがあるのでしょうね
Posted by くさい飯 at 2010年01月18日 01:40
そもそも売れるものって
昔から、そのジャンルに熱心な人以外にも
耳や手元に届いたタイトルしか無いと思うんですけどね

漫画、アニメ、ゲームに限らずね
Posted by ABC at 2010年01月18日 02:45
冷静に考えれば、今までのゲーム業界って
相当にニッチな所ばかり歩いていたわけですけども、
今のゲームファンの反発ってのはそこだけじゃなく、
ゲームの歴史の上でもDS・Wiiの普及による「大衆化」は
結構急速的な変化だったせいもあったりすると思うんですよね。
あまりにも流れが速すぎて、他メディアで当然の変化が異質に見えちゃってると。

この変化を「退化」だとレッテルを貼ってしまうのは、
そもそもの流れから目を逸らしてるだけでしかないし、
そうしたくなる気持ちも分からないでもないですけどね。
Posted by ふあんた at 2010年01月18日 10:43
大衆化には賛成です。
ゲームって他の娯楽に比べると、今まで叩かれすぎてましたからね。
批判意見をよく見ると、叩いてる側がゲームのことをよく理解してない、自分の中にあるゲームのイメージを批判してるケースが多いのです。
大衆化によって、ゲームの実像が伝わればいいと思います。

「大衆化すればするほど叩かれるよ」との意見もあるでしょうけど、大衆化されていく過程での叩きが「嫉妬や諦観」を内包してるのに対し、先鋭化されていく中での叩きは「無知と恐怖」を内包するようになる。
「どいつもこいつもゲームゲームって、あんなのどこがいいのかねえ」みたいな視線と、「ゲームやってる奴はヤバいよ。法律で禁止すべきだ」みたいな視線。
どちらが危険かは言うまでもないはず。
Posted by 渚 at 2010年01月18日 16:23
今までの野安さんの発言は「ゲームって大衆化しているよね」
っていうのをベースにしていると思ったので、何だかこれだけの反応にビックリです。

とはいえ、話はそう単純ではないと思うんですよね。
ニッチとは言え一人用で面白いといわれている(人気のある)ゲームも50~100万人は買う人がいる訳で、それは大衆じゃないのかよ?と言われると微妙な気がします。

特にサードがこの辺りの大衆化について理解しきれていなくて、準大衆のゲームファンにしか商売が出来ていない傾向にあるのが気がかりです。任天堂とレベル5以外に後続が出てないので、この世代だけで終わる流れなんじゃないかと思います。
Posted by あてさき at 2010年01月18日 22:27
・ゲームが好きな人の感想には、かつてほどの価値がない


これって、野安自身が無価値なのを認めた発言に他ならないな。
Posted by at 2010年01月19日 08:32
>・ゲームが好きな人の感想には、かつてほどの価値がない
>
>
>これって、野安自身が無価値なのを認めた発言に他ならないな。


野安はゲーム好きじゃないただの無知なエセライター(笑)ですよ。

まあ、なおさら無価値なんだけどwww
Posted by 野安w at 2010年01月19日 12:01
野安は、絶望的に頭が悪いくせに何様目線で妄想虚偽作文を自慢げに垂れ流してるって時点で無価値。
Posted by at 2010年01月21日 14:56
「みんなのおすすめセレクション」
任天堂自体はWiiソフトのベスト化の評価基準は
ゲーマーの評価をそのまま取り入れるつもりみたいですね。

これが従来型ゲーマーへの任天堂からの救済策ということなりますか。

Wiiをネットにつないでる世帯ってのは、
実際のところどういった層なんですかね。
WiifitやSport系統をやってる世帯は
この評価に加わってないわけですよね。
428や朧村正を評価するなんてほぼありえないですし。

そういえばアナウンサーの鈴木史朗さんの
バイオハザードプレイ動画の再生回数が100万回超えたとか。

ユーザーが欲しい商品や情報を提供できなかった
メディア側、流通側の怠慢も考察してほしいところですね。

一人、任天堂だけが良質な客を育てることを続けてきたわけですよね。
Posted by toori at 2010年01月22日 08:45
今年も粗悪な餌でゲーオタのトラフィック頼みというのは変わりませんね
Posted by 逸般人 at 2010年01月22日 11:55
書き方が悪いような気がしますけどね。

>2009年。「ゲームに熱心じゃない人」と「ゲームに熱心な人」が、いっしょに遊べるゲームが、どかんとヒットしました。

ここが重要ですよね。
コメント欄を見て思ったのですが、

大衆化=熱心じゃない人がハマる。熱狂的な人は無視される

みたいな解釈になってます。(確かに音楽や書籍などの娯楽ではそうなんでしょう)
でも、「ゲームにおける大衆化は違う」と言う事が伝わってないような気がします。
誤解の原因はトモダチコレクションのような「明らかにゲームに熱心じゃない人向けのゲーム」を挙げているからだと思います。

ドラクエ9やマリオWiiは違いますよ。
これまで、ゲーム業界は上手い人はヘビィユーザー、下手な人はライトユーザーという難易度別にゲームを作ってきました。
でも、マリオやドラクエは上手い人は下手な人と遊ぶ事で難易度(面倒臭さみたいな物ですが)が上がり、
逆に下手な人は上手い人と遊ぶ事で難易度が下がる。
これってRPGのレベルや経験値よりも効率的な難易度変化です。
(この辺りは前回の記事でも触れられてましたよね?)

しかも、任天堂さんは分かっててやってるんだと思いますが、
CMでもゲーム好きな二ノ宮君とゲームの苦手な松島さんが同時にプレイしている様子を見せている。
こういう「全く違ったゲームユーザーの同居」こそゲームの新しい可能性でしょう。

ドラクエ9の方は「クリエイターがキャバ嬢にモテるために作ったゲーム」という噂が流れました。
真偽はともかく、自分はそれに納得できるような気がしました。
何故なら「クリエイター=ゲーム上手い」と「キャバ嬢=ゲーム下手」(
どちらも偏見ですねww)が
同じゲームを遊べるという点において間違いなさそうだと感じたからです。

ゲーム業界に未来は無い、暗い。
そういう風評が一般的みたいですが、僕はそう思いません。
野安さんをはじめとするゲームライターの方々には
ぜひともそういう明るい話題を提供してもらいたいと思います。
Posted by sudzuking at 2010年01月24日 18:51
>tooriさん
WiifitやSport系統はベスト化するまでもないからですよ
と言うかこういうソフトもゴールド評価で朧や428並の高い評価です
Posted by an at 2010年01月27日 07:25
口コミの強さっていうのは、オススメする側がオススメされる側のことをよく知っているという点にあるんですよね。
伝える側、創る側、書く側のほうが買う側のことを知らなければならないっていうか。
Posted by 猫舌エンジン at 2010年01月27日 21:26